カテゴリ:考えたこと( 30 )

いよいよ

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心地よく、緊張感。
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by shirousahs | 2012-05-06 18:17 | 考えたこと

「ありがとう」

もともと、
感謝やあいさつのことばをよく口にする人ではあったけれど、
最近特に夫が、
「ありがとう」
とちょっとしたことでも言うな、と感じていました。
1日に何回言うか数えては居ないけれど、結構な回数だと思います。

さきごろ、
「意識的に言うようになったよね」
と言ってみたら、

「ありがとうを伝えないままで、後悔したくないから」

と答えました。

昨年の5月、義父が危篤という連絡を受けて、
夫がタクシーで病院に向かったとき、
ラジオからいきものががりの「ありがとう」が流れていたそうです。
ちょうどそのくらいの時間に亡くなっていて、
おとうさんがありがとうと言っていたんだ、と思った、と話していました。

そうやってでも思いは伝えられたり受け取れたりするのかもしれない。

生きて、会えて、言葉に出せることは、そうしよう。
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by shirousahs | 2012-04-03 11:39 | 考えたこと

セオリー

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齋藤薫さんのエッセーは、
何年も前に休刊した「Vingtaine(ヴァンテーヌ)」あたりで初めて読んだのではないかと思う。
「Vingtaine」といえば、光野桃さんのエッセーもあったから、
もしかしたら、齋藤薫の方は、おなじころ別の雑誌で読んだのかもしれないけれど。

「Vingtaine」の服の選び方も記事の文章も、他の雑誌とはひと味違っていて、
だからほとんど毎月読んでいたんだけれど、
シルバーのカリッとした光、とか、
そんなの「Vingtaine」読者しか見てないよ、と思ったり、
ルール、セオリーってうるさくて、
当時はそういう言葉は無かったけれど上から目線に感じられて、
「たかがファッション誌にそんなこと言われたくないわ」と反発したりもしました。
休刊になったのも、そういう折り目正しい編集方針が世間的に受けなくなったからかもしれません。

でも、昨今の「なんでもあり」になりすぎな風潮から振り返ると、
あの説教がましさ(笑)がちょっぴり懐かしかったりします。

齋藤さんのエッセーでも、
バランスを欠いたセオリー崩しは、他人を不快にし、
そういう装いをしている本人も幸せにしない、ということを
繰り返して書いていると思います。
(「Vintaine」の記事のように反発を感じないのは、齋藤さんの男前なさっぱりした、
どこかユーモア漂う文体のためでしょう)

でもあえて季節外れの格好をすることがインパクトになることもあると。
ただし、そこには、寒々しさや暑苦しさを感じさせない、
バランス感覚が必要です。
オスカー女優が、まだ寒い季節にベアトップのドレスでも素敵なのは、
女優としてのゴージャスなオーラ、服のクオリティ、合わせるジュエリーの重みのバランスがあるから。

「周りを不快にしない」ことが、まずおしゃれの大前提だとして、
それは、ひたすら地味にすればいいのでもなく、
まわりといっしょなら安心、というのでもなく、
常に臨機応変、「間の良い女」である、というものすごく反射神経と機動力を要求されることなのだと思います。

ところで、ファッションだけではなく、
お料理の盛りつけについて、
(知識として)知らない人には分からないわよ(だから別にいいじゃん)と言ってのけられたことがあります。
そうなのかなあ。
私は、お皿の中、お敷の中、という意味での「全体」の他、
日本の文化、という全体の中でのバランスを欠いた状態は、
やっぱり、どこか据わりが悪い、気持ちが悪い、という感覚を刺激するんじゃないか、と思いますが。
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by shirousahs | 2012-03-24 08:50 | 考えたこと

いつも想う

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ハハコグサの花言葉が「いつも想う」だということを
朝の連続テレビ小説の、週ごとのタイトルから知りました。

2月11日で、震災から11ヶ月たちました。

愛している人と、平和に生活を送っていること。

朝「行ってらっしゃい」と分かれて、夜にはまた会えること。
「おやすみなさい」と眠りに付いたら、朝目覚めたときもそばにいること。
とてもありがたくて、幸せなことです。

少し、薄れそうになると、
どこかから、
それを気づかせることが起こったりします。

ハハコグサ。
子供のころは、道端や空き地で、たくさん見ました。
白い毛に覆われた葉や茎が、ほこりっぽくて、
あまり好きな花じゃなかったな。
今見ると、やわらかい黄色が、
穏やかな愛情、という感じで、いいな、と思います。
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by shirousahs | 2012-02-13 15:38 | 考えたこと

家のごはん

10月22日から31日まで、インドネシアのビンタン島というところに行っていました。

宿泊先はクラブメッド・リア・ビンタンです。
昨年の9月末から10月にも同じところに行っています。
というか、2002年のロンドン旅行を最後に、旅行はいつもアジアのクラブメッドです。

クラブメッドでは、3食がブッフェです。
フレンチ、イタリアン、和食、中華、コリアン、インディア、ローカル(今回はインドネシア料理)が、
毎日少しずつメニューを変えて揃っています。

ビンタンは、シンガポールから来るインド系の人たちにベジタリアンが多いので、
インディア=ベジタリアンメニューとなっていました。
また、生野菜がまるごと並んでいて自分で包丁でカットして持って行くコーナーもあります。

でね、当然ブッフェだから、それぞれが好きなものを食べます。

うちだと、夫は洋食系が多く、私はベジメニューとローカル、となることが多いです。

いつも不思議に思っているのですが、子供連れでこういうブッフェに居る場合、
子供がお菓子やパスタみたいなものばかり食べたがったらどうするんだろう?
旅行中は特別だから、とOKにするのか、
ある程度はこういうところでも野菜を食べなきゃだめよ、というのか。

まあ、人の家のことはいいのですが。

それで、帰国して、カフェマメヒコ、という三茶と渋谷にあるカフェのブログを見たら、
まさにその、ブッフェと家庭料理についての記事がありました。

家のごはんって、
メニューが選べません。

ご飯だけじゃなくて、お風呂だって、家族で順番に入るから、
「今のうちに入っちゃいなさいよ!」みたいなことがあって、

家の生活は「不便」。

でもその不便さが、何らかの心持ちとか、文化とかにつながっているのでないか、
という指摘は共感できる気がします。
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by shirousahs | 2011-11-02 22:01 | 考えたこと

おもいがつたわる

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女川町の、自立・復興のきっかけつくりとして企画された、「小さな復興プロジェクト」。
onagawa fishのむそう塾特注バージョンが届きました。

女川、という名前を、原子力発電所のある場所として知っていても、
そこに住む人たちのくらしや仕事のことを
改めて考えることはなく、すごしてきました。

むそう塾、というつながりから、
こうして、ご縁ができました。

災害は、とても悲しい出来事で、
つらい苦しい思いをされている人が大勢いて、
簡単に、意味を語ったりはできませんが、

手のひらにすっぽりと収まるおさかなを握り、そのあたたかさを感じると、
どんな出来事に中にも、意志と希望があるのだと思います。

ありがとうございました。大切にします。
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by shirousahs | 2011-09-07 18:36 | 考えたこと

俳句

義母の趣味は俳句です。

義父の四十九日の後の食事の席で、義母と夫の従姉妹が俳句の話をしていました。

「俳句よりも、あと14文字多く使える短歌をやりたいとは思わないか」

という従姉妹の質問に対して、
義母は
「俳句は、季語でほとんどすべてが表されているから」
というようなことを答えていました。
どの季語を選ぶかで、
写す景色はもうほとんど決まってしまうのだそうです。

後からこのやりとりを思い出したときに、
和食の盛りつけに似ているなあと思いました。
器の中に景色を作るのだけれど、
そんなに、めったやたらにいろいろなことができるわけではなくて、
むしろ、引き算して引き算して、
けれど、その中に、
食べ物への敬意や、召し上がる人への思いやりが込められる。

ご飯にも、糠漬けにも通じるものを感じます。
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by shirousahs | 2011-08-18 14:56 | 考えたこと

ホースの使い方

昔、とある勉強をしていたときに、本に「○○の集中力を使うことは、ホースの先を指でぎゅっと締めてびゅーっと水を出すようなイメージ」という表現を読んで、
それから、
「ここ一番」と自分で思うときには、そのイメージが頭に浮かぶようになっています。

この前、友達と劇団四季の舞台を観に行って、
役者さんとか、ダンサーさんのことを話したときも、このホースのイメージが出てきました。
踊りや歌がうまくても、なんだか閉まらないというか、ぴしっとしないなあ、と
感じていた人が、
ある時変わったりする。ハラに力が入る。

きっと、人それぞれ、ホースの使い方が分かることがあるんじゃないかなあ。

そのために、一時期、周りが見えなくなるくらいにのめり込むことも必要なんじゃないかと思う。
KYだと思われたり、ちょっとばかり迷惑をかけたりしたとしても。
それは人生で一度きりじゃなくて、もしかしたら、場面をかえて何度でも。
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by shirousahs | 2011-08-02 10:38 | 考えたこと

かたち・おおきさ、じかん

ぬか漬けの容器を、
野田琺瑯スクエアLL2台から、
ラウンド24cmに変えました。

いい感じなのです。

茄子は油料理が一番、漬け物はあまり好きじゃない、
と言っていた夫が、
「おいしいね」
と食べてます。

母には、「ぬか漬けおいしくなったわね」と言われました。

私は、最初にぬか漬け講座に参加してから、特に失敗もなくて、
今までもおいしかったと思っていたんだけれど、

丸い形と大きさと、
それから3年目に入った時間。

やっぱり違うのです。

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by shirousahs | 2011-07-16 21:47 | 考えたこと

射手座の月食

今日は射手座の月食。

射手座、というサインは、

言葉、理念、理想、物語を求める。

それは、太陽のサインが射手座にあるくろうさを見ていると、そうだよなあ、としみじみと、
つくづくと、時には、あーあ、というくらい感じることがあります。

たとえば、劇的リフォームビフォーアフターというテレビ番組を見ることがあるんだけれど、
前回は、「焼鳥屋&声楽教室、女性4人の住まい」
というなんだか、すごいオーダーでした。

で、最後に、焼鳥屋さんの厨房の壁に、
最近亡くなったおじいちゃんが、法被姿で焼き鳥を焼いている写真を飾りました。
おじいちゃんの思いを引き継いで・・・
みたいなナレーション付きで。

くろうさは、こういうのに弱い。

もちろん、私にもいて座的な要素はあるけれど、
太陽のサインではないので、私の場合は少し違う出方をする。

再三、いろんなところで言ったり、書いたりしているけれど、
占星術みたいなものの一つの役割は、
自分と他人の感じ方は違うし、
でも、自分の中にも似たような要素もあるよ、
というしごく当たり前なことを、
見失ったときに、

ああそうだったよね、

と思い出し、思いとどまりことだと思う。

違うものは違う。

それでも心は寄り添える。
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by shirousahs | 2011-06-16 09:33 | 考えたこと


毎日炊くご飯、真ん中にごはん


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